久米歌は、日本書紀にも登場する有名な楽曲です。日本書紀には、神武天皇御東征のとき、叛徒兄猾を討ち滅ぼし、弟猾が降順した戦勝記念の宴のときに歌われた。とされている。
「莵田の高城に鴫羂張る、我が待つや、鴫は障らずいずくはし、鷹等障る」という歌詞で久米歌の参音声である。戦勝記念に歌われたのが、この参音声と、揚拍子という部分で、八十梟師を国見丘で打ち破ったときに兵士達が喜んで歌った歌が、「退出音声」で現在では、参音声、揚拍子、退出音声とで久米歌壱具と呼ばれているようです。戦勝記念歌といってもよいであろう。昭和20年までは、現在の建国記念日を紀元節といっていたが、この日に歌い舞われるのが恒例となっていたが、現在では行われていないようです。